覚えておこうと思った
目のほとんど見えないおばあさんと少しお話をした。特に私から具体的に質問しなくとも日々のいろいろを話してくださった。お話好きの方のようだ。
夢を見たという。花を植えていて、あたりが花でいっぱいになる夢。そのあと起きてトイレに行くと、目が覚めているのにしばらくは家の中であるはずのそこここに花が咲いて見えていた、と。
「目が見えないと寝てるときと同じなのね」とおばあさんは感心するように言った。おそらく目が見える人であれば、夢を見ていても覚醒して目を開ければ外からの映像が入ってきて情報が更新されるんだろうけど、目が見えないとその更新がなされず夢の視覚情報がしばらく残るのだろう。目が見える人でもたまにこういうことはある。いわゆる寝ぼけてる状態。目の見えない人はそれがより起こりやすいのかもしれない。
でも、それって起きてすぐは混乱するし不便だろうし場合によっては危ないんじゃないかとも思ったけど、おばあさんは夢の花の余韻を反芻していたのであまり水をさすようなことは言わずにおいた。このおばあさんは頭がしっかりしていて現状把握もちゃんとできていそうだし、何より不便なんて私が指摘するまでもなく普通に感じているだろう。そんななかで不思議に思えたできごとを私にも話してくれたのだ、きっと。
私は目も見え耳も聴こえるし手足も動かせる。でもいつかこれらの機能のどれかをふいに失うようなことがあってもおかしくない。そのことを想像するととても怖い。 生きていかれないんじゃないか、何もできなくなるんじゃないか、と思ってしまう。
だからこそ、目の見えない人がたまたま私に直接話してくれたこんなお話を大事に心にとめておこう、覚えておこうと思った。それで怖さがなくなるわけではないけれど、ただ闇雲な怖さ以外に持っておけるものとして。
ブログ3周年
はてなからメールが来ていて、このブログも今日で3周年とのことでした。更新頻度が低く3年間もやっていながら記事数は100ちょっとなので、長く継続したという実感には乏しいのですが。ここ最近も放置していて、年明けてから1つも記事を書いていないし。それに、参加し始めてから毎回〆切に間に合わせて投稿していたはてな題詠「短歌の目」を12月にとうとう休んでしまいました。途中までは作っていたのですが、いくつか仕上げることができないまま現在に至ります。私は仕事以外、自分の意志で継続できていることってあまりなかったのですが、この「短歌の目」だけはそれができていたのでささやかな自信になっていました。それだけに今回それを途切れさせてしまったことがくやしいです。まあ、大事なのはこれからも短歌を楽しんで続けていくことなので、1回休んだくらいでやる気を失ったりせずにやっていこうと思います。
めったに更新しないこんなブログでも毎日誰かしら見に来てくださってるみたいで、不思議ながらもうれしいです。これからもよろしくお願いいたします。
『とにかくうちに帰ります』 津村記久子
嫌な人に嫌なこと言われてむしゃくしゃしたときは津村記久子の小説だ!と思って今朝出勤前に本棚をあさったのだけど、ぱっと見つかったのは『とにかくうちに帰ります』という文庫本だった。これは津村記久子の作品の中では比較的、嫌な奴出てくる度が低い。高いのは『君は永遠にそいつらより若い』や『ミュージック・ブレス・ユー‼』。『ポトスライムの舟』は嫌な奴を超えて恐ろしい。
でもよく考えれば、むしゃくしゃしているときに、嫌な奴を小説で反芻するのもどうかと思うので、この本でよかったかもしれない。
『とにかくうちに帰ります』には表題作を含む3つの短編が収録されていて、今朝、バスで小一時間揺られながら読んだのは 『バリローチェのフアン・カルロス・モリーナ』。面妖なタイトルだけど、アルゼンチンのバリローチェ出身のフアン・カルロス・モリーナという男子フィギュアスケート選手を主人公が応援して一喜一憂する話。録画したフィギュアスケートを見ていてふと顔の濃いその選手の演技に妙にひかれてから、テレビやネットニュースで彼の活動を追いかけるんだけど、その練習環境、キャラクター、試合成績、どれもいまいちぱっとしない。グラドルといたところをパパラッチされて、恋人兼コーチの女性との仲が危うくなったりする。そんなことが起こるたび主人公は心の中でフアン・カルロス・モリーナに悪態をつく。
面白いのは主人公と同じ職場で働いている浄之内さんという女性で、スポーツ観戦の話題などで主人公と気の合う、おっとりかつしっかりした先輩なんだけど、彼女が応援するチームや選手は壊滅的に負けたり不調に陥ったりする…という迷信めいた疑惑を主人公は密かに抱いている。それで初めはフアン・カルロス・モリーナのことを彼女に言わずにいたのだけど、あるときフィギュアの試合の録画をしそこない、浄之内さんにそれとなく話題をふったところ、録画していたばかりか、マイナーな選手であるフアン・カルロス・モリーナに関する情報を主人公より知っていて、それからは二人で応援するようになってしまう。このあたりの主人公の「ありがたいけど困ったな…」って感じの微妙な気持ちが面白い。
津村記久子の作品のすごいところは、単に共感できる日常あるあるネタを書いてるんじゃなく、誰かの日常が本当にそこにあるかのように作り上げてしまうところだと思う。
表題作の『とにかくうちに帰ります』はすごくすごく大好きな作品なので、いつかちゃんと語りたい。でもたぶんこの作品の面白さ、良さは説明しただけでは伝わらない気がするので、とりあえず読んでみて、と言いたい。
短歌の目 11月
風邪ひきました。まだこちらはそんなに寒くもないのに。先が思いやられます。
1.本
文庫本落とした右手 空掴みそのまま眠る赤子のように
2.手袋
手袋と手袋のふれあう厚み 思い出すのはそんなことなど
3.みぞれ
湯気のたつシチューのCM思いつつみぞれの夜道を踏みしめ歩く
4.狐
子狐ところげまわって遊ぶ子ら雪の向こうに消えてしまった
5.メリークリスマス
「ただいま」の代わりに「メリークリスマス」響かせ我が家に明かりを点す
テーマ詠「酒」
透明で含むと冷たくて熱い液体落ちる胸の奥底