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緋綸子の雑記帳

私が誰かのブログを読んで楽しむように、見知らぬ誰かが私の記事を読んでくれたら。

今回のオリンピックで初めて知った、浅田真央選手のこれまでのこと。

浅田真央選手のフリー、たまたま生中継で見ることができました。

 

奇跡のようなその時間を味わうことができた幸せ。彼女の演技の始まる前から私まで緊張して、ジャンプが成功するたびにTVの前で思わず拍手し、終盤のステップに喝采を送り、演技が終わった瞬間、浅田真央選手と同時に涙してしまいました。SPが16位という信じがたい結果に終わったあと、彼女の絶望や重圧はどれほどだったでしょう。そのような状況の中、自分が目標としてきた最高のプログラムで集大成を見せることができたこと。努力や苦悩が必ず良い成績として報われるとはかぎらないし、結果がでなかったからといってその努力が否定されることはないけど、それでも、彼女のこれまでの全てを、オリンピックという舞台で見せることができて、本当に本当によかった。

こんなに感動させられてしまった私ですが、これから書くのは、そんな自分がいかに浅田真央選手をよく知らなかったか、という話です。

 

フィギュアスケートを観るのはもともとわりと好きで、ソルトレイクシティオリンピックの頃からはまってました。村主章枝選手の優美な演技が特に好きでした。

それ以降は、TVで偶然見かけたときにグランプリシリーズなどを見ることはありましたが、常日頃フィギュアの情報をおっかけるほど熱心ではありませんでした。真央ちゃんが注目され始めた頃、幻想即興曲に乗ってぴょんぴょん身軽に次々とジャンプを成功させる試合を見てすごいとは思いましたが、まだ彼女が子供だったこともあり、演技面ではあまり魅かれませんでした。私はどちらかというと、村主のようにジャンプは苦手でも演技で魅せるタイプの選手が好きだったので。村主以外でいいなと思ったのは、中野友加里鈴木明子など、やはり、ジャンプの安定感や力強さよりも、女性らしく和風な優美さを感じさせる選手でした。その後、私自身の仕事が忙しくなったことから、フィギュアスケートを観ることはほとんどなくなったため(バンクーバーオリンピックの頃とか、ほとんどニュースも見れなくて試合結果すら知らなかった)、いつまでも私の中では真央ちゃんに対して子供のころのイメージが残っていました。

なので、真央ちゃんの苦悩とか、スランプとか、これまであまり知らなかったんです。お母さんを亡くしたことや、大会での不振など、ネットのニュースで見かけてはいましたが、深く知ろうとはせず、多くのニュースと一緒に流してしまっていました。マスメディアでは女子フィギュアといえば相変わらず、浅田真央VSキム・ヨナを全面に押し出している印象があって、そのこともあまり興味をもてなかった一因かもしれません。

 

なので、本当に今回のオリンピックが始まるまで、今回のフィギュア日本代表に関する知識はゼロに近かったです。男子で好きだった織田信成くんが引退を表明して残念、というくらいで、羽生結弦選手や町田樹選手のことも全然知りませんでした。

それが蓋をあけてみれば、男子のSPで羽生君を知ってたちまちとりことなり、ネットをあさって羽生君のことを調べまくり、その勢いで女子の試合も観て、おかげで、浅田真央の「SP16位からの完璧なFS」というドラマを見ることができました。そしてまたネットをあさり、これまでの浅田選手の苦悩と、それに向かい合った精神力を知ることになります。

浅田真央 ラストダンス - 朝日新聞デジタル

トリノのオリンピックには年齢制限でぎりぎり出場できなかった浅田。そのときはそのことをそれほど残念がってはいなかったとのこと。まだ彼女は子供で、これから壁にぶつかることなど思いもしていなかったのかもしれません。しかし、身長が伸びて体格が変化し、ジャンプがこれまでどおり飛べなくなる。いちから自分のジャンプをつくりなおすことを決意した浅田ですが、その間は大会に出ても失敗が目立つばかり。本当にまた子供のころのように飛ぶことができるのだろうか。少し前まで自分が当たり前にできていたことが、できなくなるのはつらいと思います。そんな時期に、母親を亡くすという悲劇まで起こる。こんな、想像を絶するような苦悩の中にいたなんて…。朝日新聞デジタルのスライドショーで見られる、バンクーバーソチオリンピックまでの4年間の中で彼女が発した数々の言葉の中には、重苦しい苦悩を感じさせるものもあれば、その中でも前向きに努力する強さを感じさせるものもあり、読んだだけで涙があふれてきました。彼女の身近な人のインタビューでは、彼女について「修行僧のよう」というコメントもありましたよ…。

 

まあ、そんなわけで、ずっと応援してきたフィギュアスケートファン、浅田真央ファンから見れば私は本当にニワカでお恥ずかしいかぎりなのですが、特に何かの競技の熱心なファンというわけでなくてもこんなふうにドラマを感じて楽しむことのできるオリンピックってよいものだな、と思いました。もちろん、普段から応援していれば、より楽しむことができるだろうし、オリンピックには現れないさまざまなドラマがたくさんあるんでしょうけど。

それと同時に、人はどうしても華々しいものに魅かれやすく、逆に、長く不調で沈んでいる人を応援し続けるのって大変なことだと思いました。どんな状態にあっても心から応援する人たちも少なからずいるとは思うのですが、それはよっぽどの情熱がないと難しい。自分自身までつらくなって、つい、目をそらして逃げてしまう。けれど、今回の私のように華々しいところだけ楽しむのもいいけど、誰かこれという人がいれば、不調なときも含めてずっと見続けて応援することで、より深く、本当の意味で楽しむことができるのではないかな。

 

オリンピックが終わっても、しばらくフィギュアスケートを追いかけてみようか。そんなふうに思いました。