緋綸子の雑記帳

私が誰かのブログを読んで楽しむように、見知らぬ誰かが私の記事を読んでくれたら。

最近、穂村弘づいている。

今週のお題「最近おもしろかった本」

4月から5月初めにかけて、穂村弘の本を読み漁っていた。エッセイ、歌論、短歌入門書などなど数えてみたら10冊も持っていた。面白さにハズレがないのと、文庫だと300ページ弱と比較的薄くカバンに入れて持ち歩きやすいので、本屋に行くたび、通勤用にちょいちょい買っていたのだ。ちなみに持ってる本は以下のとおり。

<短歌入門書>

『短歌という爆弾』

『ひとりの夜を短歌とあそぼう』(東直子沢田康彦と共著)

『短歌があるじゃないか』(東直子沢田康彦と共著)

<歌論集>

『短歌の友人』

<歌集>

『手紙魔まみ、夏の引っ越し(ウサギ連れ)』

『ラインマーカーズ』

<エッセイ>

『世界音痴』

『本当はちがうんだ日記』

『現実入門』

『整形前夜』

 

(※『現実入門』に関して、ネタバレというか、事実バレしてます。私はその状態で読みましたし、この作品を味わううえで特に支障はないと思いますが、どうしても新鮮な驚きを感じたいという人は、以下の文章、『現実入門』の手前で引き返してください。ちょっと行を空けてます。ほんとは「続きを読む」で隠したかったんだけど、「続きを読む」の下にさらに「続きを読む」は入れられないんですね。)

 

穂村弘歌人でありながら、エッセイストとしても人気を博している。エッセイでは爆笑させられるし、短歌ではその突拍子もない言語感覚に驚かされるし、歌人としての評論では、言葉に対するストイックさに胸を打たれる。また、同じエッセイでも、本によってコメディとシリアスの割合が異なっていて、うまく書き分けられている。そんなふうにいろんなバリエーションを持ちながらも、根っこのところでは一本の筋がとおっていて、どれを読んでも「ああ、穂村弘だなぁ。」と思う。穂村弘という人物そのものにひかれて、次から次に作品を手に取ってしまうのかもしれない。

穂村弘のエッセイの根幹にあるのは、「自分は、みんなのように当たり前に現実に対処することができない」という現実への違和感。そんな違和感を抱き続けてきた彼が短歌と出会ったことで、現実世界と自分との壁に風穴を開けることができたそうだ。大学時代の短歌との出会いの話は、複数の本で何度か出てくる。そんな人生を変えるような運命の出会いがあるなんて、何ともうらやましく、憧れてしまう。まるでよくできた物語のようだ。誰もがそうなれるわけではないけど、彼は自分の体験をもって、短歌の可能性を私たちに示そうとしているのかもしれない。彼の作品を読んで短歌に興味を持った私は、まんまと術中にはまってしまったのかもしれない。

それでは、上記の10冊すべて読み終わったわけではないのですが、各作品について簡単に感想を。

 

<短歌入門書>

『短歌という爆弾』

2000年に出版された、まだ穂村弘が有名になる前の本。若いときに書かれただけあって、パッションを感じる。穂村弘の本のなかで、私はこの本に最初に出会ってよかったと思う。熱心な先輩の勧誘に引き込まれてしまった感じ。短歌のメールレッスンを掲載したコーナーがあるのですが、2000年になる前の電子メールのやりとりってこんなだったよなー、と懐かしく思いました。あの頃はケータイメールはまだないから、パソコンで友達とやたら長文を送りあったものです。そして、短歌が人を感動させるには、共感(シンパシー)だけでなく驚異(ワンダー)がなくてはならないという金言が出ます。驚異というのは、要は「何でこの流れでこの単語が!?」って文脈からは思いもかけない単語が出てきたりとかそういうこと。だからって、ぎょっとさせれば何でもいいというものじゃなくて、そこに説得力を感じさせないといけないってことだから、難しい。

 

『ひとりの夜を短歌とあそぼう』(東直子沢田康彦と共著)

『短歌があるじゃないか』(東直子沢田康彦と共著)

この2冊は、ほんとに面白いです。『猫又』という素人短歌会でお題に沿って詠まれた短歌に対して、歌人穂村弘東直子と、編集者の沢田康彦が批評というか、いろいろコメントするという趣旨の本。3人のやりとりが良い雰囲気で楽しいです。穂村さんものびのびしている。特に東さんとは同世代で同じ同人誌の歌人ということでつきあいが長いらしく、これまた東さんがおっとりした天然な女性なので、お気に入りの女子をからかう男子のごとく、東さんのボケに嬉しそうにつっこんでいる。一方で、東さんも思わぬところで反撃に出たりして、いくつかツボなやりとりがありました。

 

<歌論集>

『短歌の友人』

これはやや硬めの文章なので、まだ全部読み終えていない。印象に残ったのは、第6章「短歌と<私>」で書かれたエピソード。穂村さんが初めての歌集を出したとき、上の世代のある歌人に、「何の感興も湧かない。生活感の欠けた頭でっかちなインテリ青年が作ったこの歌集が認められるようなことがあったら、自分の歌作り人生が否定されたも同然だから、切腹するしかあるまい」というような批判を受けたというのである。当事者でない、その出来事からずいぶん時間がたった現在の私が聞いても、あまりにショックな話である。自分の歌ではなく、人生そのものが否定されたようなものだから。それも自分にはどうしようもないことだし。けれども、そういう経験があったからこそ、「短歌=人生」という従来の短歌観に対して、どういう短歌観がありうるのか、穂村さんが歌人としてずっと考え続けるテーマとなったんじゃないかと思う。

 

<歌集>

『手紙魔まみ、夏の引っ越し(ウサギ連れ)』

『ラインマーカーズ』

『手紙魔まみ~』は非常に不思議な歌集。歌人「ほむほむ=穂村弘」に「まみ」が大量の手紙で短歌を送りつけてきたという設定なのだけど、もちろん実際は穂村弘が作った短歌である。でも、まみのモデルとなる人物が大量の手紙を送り付けてきたのは事実らしく、その手紙に書かれた女の子の言葉に触発されて穂村弘が短歌を作ったらしい。これはこれで、設定と同じくらい不思議な話じゃないですか?一体どこまで事実なのか、事実と虚構があいまいなのは、穂村さんのエッセイの特徴でもあります。

『手紙魔まみ~』の短歌は、まみが書いたものという設定なので、全部女の子口調で、柔らかくて自然な調べで、私は好きでした。女の子口調って、もしかした短歌にあってるんじゃなかろうか。中には穂村さんが書いたと思うとキモイという意見もあるそうですが(笑)。『ラインマーカーズ』は、穂村さんの歌集のベスト盤です。ラインマーカーで書かれた表紙がきれい。『手紙魔まみ』以外に、『シンジケート』や『ドライ ドライ アイス』の歌も含まれているそうですが、私は『手紙魔まみ』に含まれる歌のほうが好きな歌が多かった気がする。

 

<エッセイ>

『世界音痴』

エッセイスト、穂村弘の名をとどろかせた(らしい)一冊。「菓子パン地獄」のインパクトがすごすぎる。コンビニで売ってるスティックパン(細長いパンが何本か袋に入ってるやつ)を、よく寝ぼけてベッドで食べてしまう穂村さん。朝、目にした光景とは…?歌人だけあって、描写力ハンパないので、その光景を思い浮かべて爆笑してしまった。あと、高校のときに友人が示した奇妙な優しさに泣いてしまったエピソードも印象深い。

 

『本当はちがうんだ日記』

今の自分は本当の自分ではない。今はまだ人生のリハーサルだ。いつかエスプレッソをおいしく味わえる素敵な本当の自分になるにちがいない。という気分に満ちたエッセイ。タクシー乗り場でのおじいさんの立派な行為、老夫婦のキス、白い杖を持つ二人の待ち合わせの光景など、胸を打たれる美しい話もある。

 

『現実入門』

※ネタバレというか、事実バレしてます。私はその状態で読みましたし、この作品を味わううえで特に支障はないと思いますが、どうしても新鮮な驚きを感じたいという人は、何も調べずにこの本を読んでから、こちらの感想を読んでいただくとよいでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

物議をかもしたであろう一冊。本当にこの本のとおり、「現実」体験を穂村さんに提案して一緒に取材した女性編集者と結婚したのだと信じ込んだ人もいるのではないだろうか。私が思うに、これは穂村さんなりの結婚報告なんじゃないかと思う。だってあれだけ、「結婚に自分は向いていない」とか「結婚こわい」とか言ってた人が、「あんなこと言ってたけど、結婚できました。」とかあっさり報告したら、読者としては手のひらを返された気分になると思うし。かといって、事実に反して結婚していないと思われてるのもよくないし、実際にあった出来事をありのままに書くわけにもいかないし。だから、事実と虚構を織り交ぜて、「え?うそでしょ?そんなマンガみたいな話が…」とびっくりさせておいて、最後に煙に巻くと。エンターテイナーだなぁ。

 

『整形前夜』

上記のエッセイたちに比べると、落ち着いた雰囲気のエッセイ。『整形前夜』とは何のことだと思われると思うが(私も思った)、穂村さんが詠んだマリリン・モンロー(本名 ノーマ・ジーン)についての歌からとった単語である。穂村さんはマリリン・モンローが好きらしく、マリリン・モンローの精神の無垢や孤独を感じさせる歌となっている。なんだけど、本のタイトルとしては「え?整形したの?」とか思われそうだし、裏表紙にも日本の女性の踵がうんたらかんたらと書いているし、内容を誤解されるんじゃないかと勝手に心配している。いっそそのマリリン・モンローの歌を裏表紙に載せたらいいんじゃないかと思うけど、かえって内容がわかりづらくなるかなぁ。本を読む行為や書く行為にまつわる文章も多く、非常に興味深いエッセイでした。

 

以上、私が持ってる穂村弘の本、10冊でした。思えば、一人の作者の本を短期間にこれだけ読んだことってなかったかもしれない。特に穂村さんの場合はジャンルが多岐にわたっているので、いろんなスタイルの文章が読めて面白かった。まだ穂村さんの著作はたくさんあるので(雑誌連載とかめっちゃしてる)、またちょいちょい読んでみよう。