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緋綸子の雑記帳

私が誰かのブログを読んで楽しむように、見知らぬ誰かが私の記事を読んでくれたら。

『ルナティック雑技団』をひさびさに読んで

私が小学生の頃から愛してやまないギャグ漫画家・岡田あ~みん先生の、今のところ最後の連載作品である『ルナティック雑技団』の新装版が発売されたので、さっそく買った。ひさびさに読んだけど、ただただ笑えて素晴らしい。特にその言語センスのすごさは、大人になった今、あらためて味わうことができる。

 

ストーリーは、学校全生徒の憧れにして孤高の貴公子・天湖森夜(てんこ もりや)の家に、主人公・星野夢実が親の転勤の都合で同居させてもらうことになって…という、冒頭だけ見ると少女漫画の王道。なんだけど、そうは問屋がおろさない。天湖家では、森夜の母・ゆり子(通称 マダムゆり子)の強烈な言動に振り回されることになる。

 

※以下、内容について語ってます。ラストの展開にも軽く触れてます。

 

ゆり子は、普段は夫の上司の娘である夢実に卑屈なほど丁寧に接するのだが、息子を溺愛するあまり、森夜と夢実のちょっとした接触に過剰に反応し、勝手に妄想をエスカレートさせて豹変、「めぎつね」「淫婦」などと夢実を罵りながらビンタしたり、いら草で鞭打ったりするのだ。森夜の父いわく「妻は神経が少し個性的」とのこと(少し…?)。この父親はゆり子をなだめることのできる唯一の存在で、彼が出張でいないとゆり子は「気が高ぶってちょっとした生活の変化で神経がふっとんじゃう」らしく、森夜自身も何度も親子心中させられそうになったと、淡々と語っている(オイオイ…)。

そんなわけで夢実も、ある日突然下働きにさせられたり、果てはタコ部屋に売られたり、呪いのドロ人形で呪われそうになったり、さまざまな苦難に見舞われ、それを森夜との愛(?)の力で乗り越えてゆく。

 一方、学校生活においてもさまざまな騒動が待ち受けているのだけど、学校には、この作品においてマダムゆり子と双璧をなす強烈な妄想力とパフォーマンスの持ち主がいる。それは愛咲ルイ。彼は森夜に次ぐ人気者にして、学園のアイドル。これは比喩ではなく、実際に彼はこの学校内のみでアイドル活動を行なっているのだ。毎日朝礼の前や昼休みにコンサートを開き、ファンサービスを行い、取材に応じ、というジャニーズ並の分刻みのスケジュールをこなしている。同じ人気者でも、カリスマ性ありすぎて誰も近よれず遠くから崇められている森夜とは対極の存在だ。

そして、そんなルイは夢実に思いを寄せているのだけど、その妄想がいつの時代だ!?っていう退廃的?ヒッピー風?なもので(よくわかりません。違ったらすみません)、ただただそのセンスに笑い転げるしかない。以下、有名なルイのモノローグ。

—学校なんかやめちゃってデカダン酔いしれ暮らさないか

白い壁に「堕天使」って書いて!?

 

はぁ…、このセンス好きだ…。

他にも森夜に片思いする意地悪な金持ち令嬢、成金薫子とか、その執事にして変質者の黒川とか、少女漫画としてぎりぎりすれすれのギャグがどんどん放り込まれてくる。

まぁ、ギャグ漫画としての面白さは今さら言うまでもないんだけど、今回あらためて読んで、ラブコメディとしてのストーリーの素晴らしさにも気づいた。

まず、天湖森夜の性格設定が秀逸。彼はマダムゆり子に"私だけの森夜"として一切の不純物を排除し育てられたのだけど、彼自身はちゃんと他人への関心も思いやりも持ち合せている。ただ、彼があまりにも完璧すぎて、皆、視線が合っただけで気絶したりするので(笑)誰も近づけなかったのを、自分は嫌われているのだと勘違いしているのだ。そして、彼にとって夢実は、初めて真っ正面から友達になりたいと言ってくれた存在なのである。

一方、ヒロイン夢実ちゃんはもともと森夜に憧れていたのだけど、同居をきっかけにクールな彼の無垢な素顔を知りますます好きになり、一つ屋根の下の生活で、恋する乙女は時おり暴走する。マダムゆり子の異常なまでの心配も、あながち杞憂ではないのである(夢実ちゃん自身もそのことに多少の自覚はあるようだ)。ただ、ヒロインとしての夢実の美点は、自分だけが森夜を独占しようとするのではなく、森夜に他にも友達を作ってほしいと思い、そのために行動するところだ。その候補として気の毒なことにルイが巻きこまれるわけだけど(笑)。ただ、そんな彼女の純粋な思いも、森夜を独占したい人たちにとっては邪魔なものでしかなく、夢実は命がけの戦いを余儀なくされる。

彼女の必死の努力の甲斐あり、森夜にも友人ができるのだが、ほっとすると同時に夢実は「私だけの天湖くんではなくなってしまう」という寂しさをおぼえる。それはゆり子ママが抱えていた苦しみと同じものであり、このへん、なかなか深いな…と思う。つくづく魔性の男だな、天湖森夜…。

そして終盤、森夜との距離が縮んだように感じて浮かれていた夢実は、ある出来事で、森夜は誰に対しても優しい人であり、私だけが特別なわけではない、と感じる。折よく新しい下宿先の話があり、夢実は天湖家を出ていく決意をするが…二人の関係はどうなってしまうの!?

このへんの展開は二人の気持ちが丁寧に描かれ、ばっちり少女漫画してた。そして、このときのルイの行動が、涙なしには読めない。あんた、カッコよすぎるよ。いいヤツだよ。私が喫茶店のマスターになってコーヒーおごってあげたい。夢実とデカダン酔いしれ暮らしてほしかったよ…。

そして最終回、ルイや薫子の行動を見て、夢実が下した決断は…。森夜に自分の決意を語る夢実の言葉に、私は胸を打たれてしまった。あえて書かないけど、このセリフ、とても良い。最終回の展開、実は覚えてなかったんだけど、こんなに素晴らしいものだったとは。

お父さんは心配症』も『こいつら100%伝説』も大好きで、この二つは甲乙つけがたい、ギャグ漫画の傑作だと思うけど、『ルナティック雑技団』は、ギャグ漫画と少女漫画の融合作品として、間違いなく最高傑作だと思う。