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緋綸子の雑記帳

私が誰かのブログを読んで楽しむように、見知らぬ誰かが私の記事を読んでくれたら。

『進撃の巨人』と「緑の教室」の思い出

進撃小ネタです。というか、半分以上私自身の思い出話です。

ストーリーに関する重大なネタバレとかはないと思います。

進撃の巨人』4巻ではエレンたちの訓練兵時代のエピソードが描かれているのですが、訓練兵たちの宿舎の寝室を見て、思わず噴き出してしまいました。これ、「緑の教室」の寝室そっくりじゃん!

「緑の教室」という名前はどうも一般的じゃないみたいなので説明しますと、小学校5年生のときに行われる3泊4日くらいの合宿のことです。名前は違っても似たような行事はどの小学校にもあったりするのでしょうか?街から遠く離れた山の中の施設にみんなで泊まり、山登りさせられたり、アスレチック的なことやったり、自然の中で集団生活を送り協調性を育むのが目的…なのか?何かよくわかりませんが、修学旅行よりも前にあって、そんなに長く(といっても3~4日ですが)親元を離れるのは初めてだったし、経験したことのない山登りをさせられるというので、行く前は無事4日間やっていけるのかとけっこう不安になってた記憶があります。もちろん特に何事もなく終えることができましたが。

施設は〇〇少年自然の家(〇〇には地名が入る)という名前で、これは全国各地にあるみたいですね。で、私の宿泊した施設の寝室が合理的というか、20~30人くらいの人数を、それほど広くない一室に収めることができるのですよ。

奥行の長い部屋の両サイドの壁に、2段ベッドをうんっと幅広くしたような畳敷きのスペースがしつらえてあります。1人分のスペースはふとんを敷く一畳 + 枕元の荷物を入れる棚のみで、上下段それぞれに6~8人くらいのふとんをずらっと横に並べて寝るのです。要は狭いスペースに布団敷き詰めて雑魚寝させられるだけなのですが、当時の私は妙にこれが気に入りまして。

たぶん、一人一畳プラス荷物棚という割り当てられたスペースで生活するというのが楽しかったんですよね。家では自分の部屋を持ってなくて、リビングダイニングが主な生活の場だったためもあるかと思います。一畳でもふとんを片づけてしまえばそこは自分のスペースで、荷物整理したりゴロゴロしたりできるし、あの合宿ってけっこう空き時間もあったので、その間友達としゃべったりしてるのも楽しかった。

 

上の私の説明でどんな寝室かよくわからなかったという方がいたら、『進撃の巨人』4巻、第16話のエレン、アルミンがライナー、ベルトルトと話してるシーンを見てみてください。これです、これ。まんまです。諫山先生も、子供の頃行ったどこかの合宿所をモデルにこの宿舎を描いたにちがいないと勝手に推測してます。エレンたちの宿舎のほうが、真ん中に談話するテーブルが置いてあったりして居心地よさそうだなー。まぁ、私たちのほうは短期間泊まるだけですから…。

ところで、『進撃の巨人』の世界って、登場人物の名前のほとんどはドイツ人名だし、パンが主食だし、東洋人は希少らしいし、ほぼ西洋文化圏ですよね。それでこの宿舎の発想はありうるのかと。詳しくは知りませんが、いくら子供で訓練兵であろうと、野営でもないのにベッドなしで雑魚寝って西洋文化では考えられないんじゃないか。どんなに貧しく狭くても一人一つのベッドはあるイメージ。というか、エレンたちのあれ、敷布団じゃんっていうww

でも、あの世界は土地も少なく、物資も乏しいので、訓練兵ひとりひとりにベッドを用意するなんてことはできなくて、あの日本的な形態が採用されたのかなーとか、勝手に想像してます。諫山先生は、インタビューを読むかぎり、あの世界の小物ひとつとっても設定とか色々考えて描いてそうなので、そういうことを想像するのも楽しいです。

進撃の巨人』を読み進めると、あの訓練兵時代、あの宿舎でみんなで語り合ったりして、厳しい訓練の合間のひとときを過ごしたことはエレンたち104期生の大切な思い出になっているようで、「緑の教室」のときの自分たちと重ね合わせて、彼らも普通の子供たちなんだよなぁ、とか切なくなってます。