緋綸子の雑記帳

私が誰かのブログを読んで楽しむように、見知らぬ誰かが私の記事を読んでくれたら。

嵐と

先月くらいから徐々に嵐に惹かれているんですよね。

どう考えても遅いけど。でもせっかく好きになったので休止までの最後の1年間を一緒に楽しみたい。

 

私は嵐のメンバーとほぼ同年代(学年でいえば相葉くんと一緒)なので、存在自体は結成された頃から知っていて、バレーボールのCMで『A・RA・SHI』のサビが流れるのも聴いてたんだけど、その頃はほとんど興味がなかった。高校時代の趣味はほとんど漫画読むことだけだったし、音楽は川本真琴を崇拝していて、それ以外の流行の曲はあまり聴いていなかった。

それでも、大学に入ると友達とカラオケに行ったり、初めての一人暮らしで実家では見ることのなかった音楽番組やドラマを見るようになって、嵐のメンバーは何となく覚えたし、曲もいくつか知るようになった。木更津キャッツアイのエンディング曲のA DAY IN OUR LIFEとか好きだったし、ピカンチという曲もなんとなく覚えてる。「花より男子」の1の方も、初め少し見ていて、松潤の顔がそれまでのイメージより柔らかくかわいらしくなっていたことに驚いたりしていた。

そんな感じで大学時代前半に少し嵐の存在は感じていたけど、嵐メインの番組とかは観てなかったから彼らの人柄を知ることもなく、歌番組やドラマでたまに見る人くらいの存在だった。この頃はいわゆる「ブレイク前」らしいんだけど、それでも特に意識して追いかけずとも見かけるくらいの活動はしていたという印象。

私の大学時代後半は、大学デビュー含めた前半に比べると内にこもり気味で、カラオケやドラマから離れて漫画の世界に舞い戻りぬくぬくしていたので、この頃の彼らはほとんど知らない。

 

私が彼らをひさびさに見たのはたぶん、紅白歌合戦の司会を5人でやったときだと思う。初めにその話を聞いたとき、「なんで5人でやるの?紅組の司会は一人なんだから紅組の人がやりづらくない?一人じゃできないの?」と思ったのを覚えている。ところが、実際紅白を見てみると、嵐として司会に選ばれたことに納得した。彼らは5人でいるのが自然で、5人だからこそのやりとりの面白さがあるし、5人でいながら他の人ともスムーズに対話することができる。そしてすごくいい人たちだ…。何かいつのまにかブレイクしていたけど、ブレイクした理由がわかるわ…と思った(たしか紅白を見た多くの人がそういう感想をもってた気がする)。

それでもそのときは、嵐の人気ぶりを知ったのと嵐に対する好感度があがったくらいで、それ以上の興味はもたなかったのだ。

そして今年の1月、嵐の活動休止が発表されたそのときも、ショックを受けたり寂しがる人たちをネットで眺めながら「私はそこまでよく知らないので同じ感慨に耽ることはできないけど気持ちはわかるなぁ」と、嵐との思い出をふりかえり懐かしむことのできる人たちを少しうらやましく思った。嵐は20年も走り続けてきたんだから、休みたいというのはすごく理解できるし仕方ないことだとも思った。

このときもまだ私は、それ以上嵐を知ろうという気持ちは起こらなかった。嵐のことを私は最後までよく知らないまま、嵐の活動休止を迎えるんだなと思っていた。

 

ところが今年の11月、嵐の公式チャンネルがYoutubeに開設されて、たまたま『A・RA・SHI』を聴いてみたら思いのほかこの曲を好きになってしまった。まず、それまでサビしか聴いたことなかったので、こういうふうにラップパートと歌パートで構成されているということも初めて知った。ラップ、私は詳しくないんだけど、『A・RA・SHI』のラップパートは20年たった今聴いても古びてないし、デビューしたての少年たちが歌っているにしてはサマになっている。逆に、少年の声で歌われているからこそのよさがある。歌詞にもあるとおりクールで、かっこいい。そして歌パートのメロディと詞のかみ合った心地よさ。作曲者をみたら、『勇気100%』の馬飼野康二先生だった。さすが。「涙だってそうさ明日のエナジー」という歌詞が大好き。そして小柄な5人のメンバーのダンスがまたよいのだ。ダンスというと、上手い下手で評価する人がいるけど、そしてめちゃめちゃうまいプロのダンサーを基準にして「下手だ」とすぐいう人がいるけど、ダンスって技術的な上手い下手だけがすべてじゃないよね。彼らのダンスは、メンバーそれぞれが動きを自分のものにしていて、魅力があった。間奏パートの躍動感には少年らしさがあふれていて胸がきゅんとなった。そんなところに惹かれて、気づけば毎晩何度も『A・RA・SHI』をリピートしていた。

他の曲も聴いてみて、特に『Love so sweet』は、(何をいまさらと思われるだろうけど)名曲だと感動してしまった。曲の最初から最後まで、淀みなく甘い切なさが流れていて、すごい。私の中の妄想の恋する高校生男子がこの曲の歌詞聴いて泣いてた。まごうことなきラブソング中のラブソングだ。この曲、一度聴くと頭から離れなくなって気づけばずっと脳内に流れているので怖い。

そうこうしているうちに、『5×20』というシングル表題曲全部の入ったベストアルバムが出ていることを知った。CD4枚でしかも1枚に16曲とか入ってて、全部で4000円ちょいというおそろしいアルバム。こりゃもう買うしかないでしょと思って買った。初回限定版①。タワレコの店頭では通常版と同じ大きさの箱に「初回限定版①」と書いた見本が置いてあり、それを持ってレジに行ったら、3倍くらいの横幅の箱が出てきたのでびっくりした。家に帰って開けたらブロマイドたくさんついてるし。ブロマイド。これがジャニーズ…。

少しずつ聞いていて、いまのところDisc 1と2しか聴いてないのだけど、 好きなのは

『A・RA・SHI』

『感謝カンゲキ雨嵐』

『a Day in Our Life』

PIKA☆NCHI

『Love so sweet』

風の向こうへ

などです。

特に『感謝カンゲキ雨嵐』はファンのなかでも人気と聞くけど、ほんとうにいい曲ですね。デビュー曲といい、グループを象徴する曲が良曲なのは、彼らにとって本当によかったことだと思う。

 

そんな感じで楽曲からはまり、番組でメンバー同士の会話などを見て、彼らの性格を知りますますハマっていっている感じです。誰かひとりのファンとかではなく、全員それぞれ面白い。

このあとの1年間は怒涛の忙しさだろうから大変だろうしちょっと心配だけど、楽しみながら5人の生き方を同世代として応援したいと思ってます。

散歩

先日、人生37度目の誕生日を迎えた。ターミネーター・ニューフェイトを見たかったが、隣県の映画館に行くために乗ろうと思っていた路線が遅延しまくっていて駅に人がざわざわしていたので、電車混みそうだなと思ってあきらめた。昨年買ったスカートがウエストがきつくなっており、スカートも隣県の駅ビルで新しく買いたかったのだがそれもあきらめた。遅延していたのは、朝ものすごい音の雷が鳴っていたのが関係しているのだろうか?

駅の本屋で、今度出張で行く街の観光マップと『悪童日記』と松本侑子訳の『アンの青春』を買って、本を読むのにいい感じのカフェを探すため駅を出た。駅から一歩出ると街は閑散としており、この駅はよそへ行く人々だけで混んでいるのかと思うとこの街のことが心配になった。この街に越して来てから、何らかの用事のため以外で街をぶらぶらと歩いたことがない。

駅から南側へ歩いたが、しばらくはカフェはなかった。休日の昼間で閉まっているか、開いていても人のいない飲食店などがちらほらあり、後は休日は閉まっている銀行などばかりで、道を歩く人も少ない。駅と城跡の半ばくらいまで来て、やっとカフェがいくつか見えてくる。そのなかでも新しそうなカフェに入った。店内はとても狭く、席が奥に2テーブル(とても小さい)と窓際のカウンターテーブルに椅子が3脚(とても座面が小さくて四角い)しかなかった。2階を工事していたので、いずれ2階席もできるのかもしれない。奥のテーブルには一人座っていたので、窓際のカウンターテーブルに座った。正直、お尻よりも小さく四角い座面の椅子で座りにくく落ち着かなかった。頼んだナイトロコーヒーはおいしく、一緒に頼んだクラッカーにチーズと小豆餡の乗ったスイーツもほどよい甘さと量でよかった。もう少し座り心地がよければ…と思いながらも1時間以上はいた。その間、本は読まずにスマホで文章を書くなどしていた(内容はこの日記のようなメモや、作品感想など)。飲食を終えて、文章も書きたいことを書いてしまうと、カフェを出た。

あまりに天気がよいので、もう少し歩くことにする。城跡のほうまで歩けたらと、そちらの方角を目指す。途中でいい感じの路地があると、そこを曲がったりしてみる。紅葉の木々の見える方に歩いていくと、神社があった。有名な神社だが、ここに来るのは初めてだ。敷地内にはいくつかの神社があり、それらに参拝した。神前式が行われているらしく、雅楽が流れている。

神社を出て、もうしばらく歩くと城跡なのだが、散歩に満足したし、自分の体力を考えると、ここらで引き返すのが妥当だと判断した。帰り道にこの地域で唯一といってよいと思われる老舗デパートがあり、ここにも初めて入ってみた。洋服も売っていたが、自分が欲しいと思うようなちょうどよいスカートはなかった。食品売り場に回り、そこのパン屋でパンを買った。

あとは家に帰るのみと歩いていくと、職場の人とたまたますれちがったのであいさつした。そのあとふと、自分の誕生日を思い出し、ケーキを買おうと思い立ったが、グーグルマップを検索すると今いる場所の近くにはなかった。近いところで、ここから自分の家を通り過ぎさらに歩いたところにケーキ屋があることがわかった。今の時間が17時半。そのケーキ屋は20時まで開いているようだ。しかし、これ以上今日は歩きたくなかったので(体力的に疲れたというよりは歩き飽きたという気持ち)、ケーキはあきらめることにした。誕生日でなくとも、ケーキは買いたいときに買えばいい。

 映画も買い物もケーキもあきらめたが、気持ちよくすごせたよい1日だった。

+1

「36歳」と「37歳」では数字から受ける印象がずいぶんちがう気がする。もうすぐ37歳になるんだけど。36という数字は12で割れるのが気持ちよいし、なんか字面から若い印象を受けるんですよね(理屈がよくわからないけど)。37は素数だし、なんだか気難しそうだ。36は35の仲間だけど、37はもう40に近い。

母はいままで私に対して結婚のこととかそこまで強く言わず「本人の気が進まないのに結婚してしんどい思いをするくらいなら、独身でも元気で気ままに生きてくれたらいい」というスタンスだったんですが、ここへ来て「できることなら家族を作ってほしい。そのために今できるだけの努力をしてほしい」という気持ちが強くなっているようだ。

母の気持ちは私もなんとなく理解できる。独身が特別なこととは思わない、そもそも自分は性格上生涯独身になるような気がしていたというのに、40歳が近づくと「あ、ほんとにこのまま結婚せず独身なんだ」っていうのが真に迫ってくるというか。

私が一人でもしっかり生活するタイプなら母も心配しないのだろうけど、私はあまり生活が得意でない。休日は丸一日寝てしまっている。体がしんどくて疲れているからではなく、ちゃんと目は覚めていてそれなりに動けるはずなのに、休日で何の義務もないと、まったく意欲がなくなるのだ。心のエネルギーがゼロ。ベッドの上でスマホツイッターなどを眺め、目が疲れるとそのまま寝て、おなかが減ったらのそのそ起きて買い込んでいた家の中にあるものを適当に食べる。また寝る。これを休みの間じゅうやると、体動かしてないのに疲れがとれるどころかかえって体調が悪くなるのだ。寝すぎると空腹と脱水気味でえずくこともある。セルフネグレクトに近い。わかっているのに、この習慣がどうしても治せない。

こんなだから、私は自分が人と共同生活できるとはとうてい思えないのだが、一方でこのままずっと一人ではこの生活がだんだんひどくなるのでは?という不安もある。人がいることで生活に張り合いが出るかもしれない。でも、そもそもこんな自分を家族以外にさらけだす勇気がないし、こんな自分を誰かが受け入れてくれるなんて思えない。

共同生活にはいろんな形があるのは知っている。でも、私の周りの既婚者たちは、一人でもそれなりにしっかり生活できている人どうしが一緒になっているからうまくいっているような気がするのだ。でこぼこで補い合って相性がいい人たちもいるんだろうけど、自分にとってのそれが想像できない。

書いているうちに今の自分としては、独身であることそのものよりも、これからの自分の生き方が不安なようだと気づいた。

一人でもちゃんと生きていけますように。変わっていけますように。

日記

発表がうまくいかなくて、発表後の上司の質問にまったく答えられず終わったあとめちゃくちゃへこんだし、落ち込むと同時にこれまでそれなりに忙しかったのでめっちゃ疲れている。

こんなんでも特に何か実質的な不利益があるわけでもなく普通に仕事して生きていけるんだからありがたいんだけど、恥ずかしいし、普段の自分の周辺領域への関心のなさからくる不勉強が露呈していていたたまれない。あとからいくら後悔したって無駄で、勉強するしかないんだけど。

こんなことを毎回繰り返している。