緋綸子の雑記帳

私が誰かのブログを読んで楽しむように、見知らぬ誰かが私の記事を読んでくれたら。

銀河英雄伝説1 黎明編 田中芳樹 

はじめての銀英伝。ということで、田中芳樹先生の『銀河英雄伝説』本伝全10巻を読み終わったのでつらつらと感想を書いていきます。ちなみに自分用のメモとして書いておくのだけど、1巻を読み始めたのが2017年6月4日、10巻を読み終えたのが6月25日深夜(もう26日になってた)。

感想はもちろんネタバレありですので注意してくださいね。まずは1巻の感想だけど、思ったより長くなってしまった。

 

銀河英雄伝説1 黎明編

―貴官の勇戦に敬意を表す、再戦の日まで壮健なれ

 

 

・まず序章の銀河系史概略。ここで挫折する人もいるそうだけど(メインキャラが登場する前段階の歴史の説明が30ページほどある)、私は前々から銀英伝が読みたくてやっと読み始めることができたという状況だったので気合十分で読み進めることができた。というか、けっこう面白かったし。 人類が宇宙に進出し居住している未来が舞台という点ではガンダムを思い出す。

銀河連邦が衰退し独裁制銀河帝国(ゴールデンバウム朝)が興って広く宇宙を支配するも、それに反発し民主主義を掲げる自由惑星同盟が後に生まれて、以降この両者は慢性的な戦争状態にある、という感じ。

 

・そしてここから本編に入るんだけど、最初の100ページ目くらいまで読んでもう完全に心をつかまれてしまった。たったの約100ページで主要人物(帝国のラインハルトとキルヒアイス、同盟のヤン・ウェンリー)の生い立ちと性格から、ラインハルトとヤンが初めて互いを認識する戦い(アスターテ会戦)の決着まで書いてあって、しょっぱなから盛り上がりがすごい。若き田中先生の気合を感じる。

宇宙の艦隊戦を文章で読むなんて初めてだけど、田中先生の文章はとてもわかりやすい。アスターテ会戦はラインハルトとヤンが互いに1本取り合ったという感じで、どちらの作戦能力のすごさもそれぞれの個性も申し分なく描かれていてかっこよくて興奮する。

自分と同レベルに戦いうるライバルを見つけて上機嫌なラインハルトはヤンに電文を送る。

「貴官の勇戦に敬意を表す、再戦の日まで壮健なれ」

何なの、何でこんな時代がかってるの、ラインハルト(20歳)。これに対して、向こうも別に返事は期待していないだろうと返事を返さない淡泊なヤン。二人の性格や関係性がこの時点で現れていて笑ってしまう。テンションが全然違うよ!

 

・それにしてもインパクト強いのは、ラインハルトとキルヒアイスですよね。一章の冒頭から突然二人の世界を繰り広げだす幼馴染の親友にして上官と腹心の部下。美貌の金髪とハンサムな赤毛

ラインハルトの出自は貧乏貴族なんだけど、10歳のとき彼の母代わりでもある美しい姉・アンネローゼが皇帝の後宮に連れて行かれたことをきっかけに軍人になることを決意する。軍人として栄達し力をつけ、ひいては姉を奪った皇帝に復讐する(ゴールデンバウム朝を倒し自らが帝位につく)ため。お隣の美しい姉弟のことが大好きで、アンネローゼに淡い恋心を抱いていたキルヒアイスもラインハルトと共に歩む決意をする。

宇宙に進出している未来のはずなのになんでこんな時代がかってるんだよ!と思うけど、まあ専制君主制で貴族と平民の存在するゴールデンバウム朝はこういう社会らしいです。

ラインハルトはその特殊な立場上(彼自身の戦功と皇帝の姉への寵愛のため異常なスピードで出世している)周囲が敵ばかりで、自分の姉とキルヒアイス以外には心を開かずめったに笑顔も見せず、能力とともにプライドが高くてその天才的な実力がなければただの傲慢と思われかねない男…という第一印象なのですが、私は初めからけっこう好きでした。とにかく作者はことあるごとに彼の美貌をあらゆる表現を駆使して強調するので完全に刷り込まれる。もう文章読んだだけで想像上の光景にうっとりしてしまう。

そんなラインハルトがキルヒアイスと二人だけでいるときはいつまでもギムナジウムって感じで、その赤毛をからかい半分でひっぱったりする、そのギャップが良いのです。

 

・過去、ヤンが民間人300万人を救ったエル・ファシル脱出作戦のエピソードが好き。とてもヤンらしい彼の出発点。

 

・戦争孤児でヤンの養子であるユリアン登場。ヤンに憧れと尊敬の念を抱いている万能少年。家事がまったくダメなヤンの代わりに家事を一手に引き受けており、ヤンの好きな紅茶を美味しく入れることができる。この二人の疑似親子というか師弟というか互いに照れと遠慮はあるものの深い親愛で結ばれている、この関係も好き。

 

・エル・ファシル脱出行で救われた民間人の中の一少女であったフレデリカさんがヤンの副官として登場。サンドイッチのエピソードがほほえましい。

 

イゼルローン要塞攻略作戦にはわくわくした。いままで同盟側が何度も艦隊戦で正面突破しようとしては失敗してきた不落の要塞イゼルローンの攻略を、ヤンの策をシェーンコップが実行することで成功させる。しかも無血攻略。

その策は、シェーンコップが帝国軍に扮して要塞に近づき、中から要塞を乗っ取るというもの。もともとシェーンコップは帝国からの亡命者であり(だからこそ帝国語も話せて適任なのだが)、シェーンコップを信用しないとこの作戦は成り立たない。自分を全面的に信用できるのか、そもそもなぜ上層部から押しつけられたこの無理難題を引き受けたのか、というシェーンコップの問いへのヤンの答えがよい。イゼルローンを同盟側が占領できれば、和平への道が開くのではないかとこのときヤンは期待していた……。恒久平和などというものは実現しなくても、この先何十年かの平和を次の世代に手渡すことができれば。そうやって平和を受け取った次世代が責任をもってさらに次の世代のために平和を維持することで結果として長期間の平和が実現できるだろう、と。そうなればよかったのだけど(泣)。

 

・一方、帝国ではオーベルシュタインがラインハルトたちの前に現れる。部下を思いやり民間人を犠牲にすることを嫌う温情派・キルヒアイスとは対照的に、目的のためには手段を選ばない男・オーベルシュタイン。宮廷で門閥貴族との対立が激化する状況ではこのような男も必要と考え、彼を参謀とするラインハルト。不安に思うキルヒアイス。読んでいる方も非常に不安。オーベルシュタインはオーベルシュタインでなかなか味のある人物なんだけど。

 

 ・イゼルローン攻略が成功したことで有利な状態で帝国と和平条約を結ぼう…とヤンが期待したような流れにはならず、かえってその成功が主戦派の無謀を促進させてしまう。フォーク准将とやらが立てた不毛な遠征侵攻計画に従い、ヤンは希望通り退役するどころかまた戦わなければならない。

この戦い、アムリッツァ会戦は最初のアスターテ会戦のような爽快感はなくて徒労感だけがある感じ。読んでいてヤンと一緒にだるいな……という気分になった。フォークにいらいらするし(おまえ立案者なら自分が遠征行けよ)。

一方迎え撃つ帝国軍にとっては、帝国辺境の民間人を置き去りにし飢えさせることを策として組み込んだ戦いでもあり、ラインハルトがそちら側に一歩踏み出したことを意味する。キルヒアイスがこのことに批判的なことをラインハルトはわかっている。それでも、好きこのんで民を犠牲にしているわけではなく、完全な勝利を期すためにこの策を選ぶのだとキルヒアイスにわかってほしいとラインハルトは思う。

そうやってオーベルシュタイン的な策に寄りつつも、変わらずキルヒアイスを自分に次ぐポジションとして重用するラインハルト。一方、オーベルシュタインは、キルヒアイスを私情で特別扱いするべきではないと考えている。ラインハルトはそのようなオーベルシュタインの考えが気に入らない。誰がなんといおうとラインハルトにとってキルヒアイスは彼の腹心で有能な部下で親友で、余人をもって代えがたい存在。実際No.2としての実力は伴っているので、単なる身びいきというわけではない。

結局、オーベルシュタインとキルヒアイスはお互いの考え上、相容れないのだけど、主君としてラインハルトはこの両者を手元においてやっていこうとしている。それをうまくできるというにはあまりにも彼は危うくて、見ていて苦しい。

自分を理解しずっと支えてくれているキルヒアイスへの思いは変わらない。でもラインハルトがあえて民の犠牲もいとわず目的をとげようとすれば、キルヒアイスとの関係は変わらざるをえない。ラインハルトはこの先どのような主君になるのだろう。このまま変わらないでいられるのか、変わるとしたらいい方にか悪い方にか。それがこの物語の見所だろうなと思った。

 

・アムリッツァ会戦を終えて戻ってきたあとのヤンとユリアンの会話。ユリアンはシェーンコップに射撃を習っていて筋がいいらしい。ヤンは射撃はからきし。ユリアンは将来軍人になってヤンの力になりたいと思ってるけど、ヤンはユリアンに軍人にはなってほしくないと思っている。

「司令官がみずから銃をとって自分を守らなければならないようでは戦いは負けさ。そんなはめにならないことだけを私は考えている」

「そうですね、ええ、ぼくが守ってさしあげます」

「たよりにしてるよ」

ちょ、何か不吉なんですが……。1巻読み終わった時点でもう、いろいろと覚悟せざるをえない。