『文体の舵をとれ』の練習問題1の問1を書いたつもりだったけど、問2のほうが合ってるかも。
問1:一段落~一ページで、声に出して読むための語りの文を書いてみよう。その際、オノマトペ、頭韻、繰り返し表現、リズムの効果、造語や自作の名称、方言など、ひびきとして効果があるものは何でも好きに使っていい。
問2:一段落くらいで、動きのある出来事をひとつ、もしくは強烈な感情を抱いている人物をひとり描写してみよう。文章のリズムや流れで、自分が書いているもののリアリティを演出して体現させてみること。
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夕焼けがビルを真っ黒に浮かび上がらせている。当直明けの眠たい体を引きずり、夏香は自宅へと歩いた。今日の仕事も判断に時間がかかってしまった。指示の出し方が悪いと言われ、あまり意味のない修正を何度もさせられた。他の同期はそんな仕打ちは受けていないのに。歩きながら、頭の中でぐるぐると今日の嫌なできごとがめぐった。ふと、タタンタタンと列車の走る音が耳をかすめた。この近くに線路はなかったはず。思わず立ち止まってあたりを見回すと、いつのまにか駅のホームに立っていた。
―列車が通過します。ご注意ください。
しゃがれたアナウンスに一瞬遅れて、銀色の列車がその影とともに走り抜け、夕焼けの空だけが残った。この光景を知っている、と夏香は思った。通っていた中学校の最寄り駅だ。そうだ。あのときと同じ。
(私はいつも一人で重たい心を引きずって学校から帰った。私の一挙手一投足を意地悪く見ているクラスメイトがいた。あの子は私の心を傷つけることを毎日欠かさなかった。なぜなのかわからず、私がああしたのがよくなかった、明日からこうしようと、そんなことばかり考えていた。そんな思いをしながらも学校には毎日通った。本気で死にたいとまでは思わなかったけれど、自殺についてふんわり夢想した。そんなときに見る夕焼けは、私の心のなかにふつふつと燃える火のようだった。何かを燃やしてくれるわけではない。ただ、私を苦しめるためだけに私のなかで燃えている。)
ピルルルルルル。駅のホームにベルが鳴り響く。
ー……行き、下り電車がまいります。黄色い線の内側までお下がりください。
「この電車に乗って家に帰ったら、また明日も同じことだよ」
耳元で誰かがささやく。少し鼻声の女の子。知っている声のような気もする。誰だっけ。思い出そうとして、急に心臓の鼓動が速まるのを感じた。体が勝手に線路の方へ動こうとする。違う、違うよ。叫ぼうとするが、声が出ない。うまく踏ん張れず、体が浮いてしまいそうだ。そう思った時、いつのまにか持っていた中学校指定の革のカバンを握りしめた。今まで感じていなかった重さが右手に突然生じ、どすんと鞄を地面に置くと、体ごとそれにしがみついた。這いつくばりながら、状況を確かめるため顔だけ上げると、夕焼けが切り裂かれ、裂け目から群青色の空が現れた。と同時に、電車も線路も消えた。しがみついている地面は駅のホームではなく、さっきまで歩いていた職場から自宅への道だった。すれ違う人がちらっといぶかしむように、地面に伏せた夏香を見る。夏香が立ち上がると、すっと視線をそらしてそのまま歩いて行った。心配してくれたのかもしれない。
「違うよ」
そっと声に出してつぶやいてみる。
「今日とあの頃は違うし、明日と今日も違う」
耳にひびく自分の声は、さっきの女の子の声と似ている。あの頃の私の声だったのだろうか。