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緋綸子の雑記帳

私が誰かのブログを読んで楽しむように、見知らぬ誰かが私の記事を読んでくれたら。

『精霊の守り人』(上橋菜穂子) 感想

NHKで実写化することが話題となっている守り人シリーズ、前から気になってはいたのですが、この機会に実写化する前に読んでみようと思い立ちました。とりあえず最初の『精霊の守り人』だけ買って読んでみたのですが、物語の世界と登場人物に魅せられ、次の巻、また次の巻と買って、あっという間に最終章の『天と地の守り人』3部作まで読んでしまいました。

まずは第1巻である『精霊の守り人』の感想を。

※注意:第1巻の終わりのほうの内容まで書いちゃってます。

読み始めてまず、文章が非常に美しいな、と。くだけたところのない、硬めの文章ですが、難解なところはなくて読みやすい。情景描写とか戦っている場面とか、目に浮かんでくるようです。冒頭の、「バルサが鳥影橋を渡っていたとき、皇族の行列が、ちょうど一本上流の、山影橋にさしかかっていたことが、バルサの運命を変えた。」という文からもう、がっちり心つかまれました。後から振り返ると、ああ、この瞬間バルサとチャグムの物語が始まったんだな…と感慨深いです。巻によって、バルサが出てきてチャグムは出てこなかったり、その逆だったり、他の人物にもスポットライトが当たったりするので、この二人だけの物語ではないのですが、それでも、大きな意味でこのシリーズはバルサとチャグムの物語だと思うんですよね。たとえ二人が一緒にいなくても、この広大な世界でさまざまな人や精霊と関わりながら、どこかで二人はつながっている、というイメージ。

さて、この巻の舞台は新ヨゴ皇国という、古代の日本を連想させる国。帝がいて、神の子孫として崇められている。そんな国の第二皇子であるチャグムの体に不可思議な現象が起き始めるのですが、その原因は彼の体に精霊の卵が宿ったためらしい。帝や宮の中枢は、噂が広まり皇族の威信を損なう前にチャグムを暗殺しようとする。それを察したチャグムの母親である二の妃が、女用心棒であるバルサに、チャグムを宮から連れて逃げてほしいと頼むのが物語の始まりです。

精霊だとか、天道だとか出てきましたが、この物語には独自の世界観があります。普通に目に見えている世界“サグ”のほかに、目に見えない“ナユグ”という世界があり、この二つの世界は同時に重なって存在している。普通は“サグ”しか見えないけど、何かの拍子に二つの世界がつながったり、呪術師などは術で少しだけナユグを見ることができたりする。ただ、この世界観は土着の民ヤクーのものであり、海の向こうから渡ってきてこの地を支配している新ヨゴ皇国の皇族には受け入れられていないんですね。皇族が信仰するのは、天道という、星読みたちが司る占星術のような宗教。なので、チャグム皇子にナユグの精霊の卵が宿ったのは一大事だったわけです。『精霊の守り人』は、バルサやチャグムたちとともにナユグの存在を体験する、守り人世界の入門編ともいえます。

見どころはやはり、宮で皇子として育てられてきた11歳のチャグムが、外の世界に出てバルサたちと関わることで、どんどん変化し成長していくところでしょう。最初は皇族の言葉づかいのままだし、本来関わるはずのない下々の人間であるバルサと二人きりになってどうしていいかわからず仏頂面なのですが、バルサの朴訥ながらも温かい接し方に、少しずつチャグムも打ち解けてくる。追っ手との戦いで負傷したバルサを本気で心配したり、生来やさしい子なんだなーと思う。それでも何となく初めはちょっと硬い感じだったのですが、バルサの幼馴染で呪術師見習いのタンダという男の家に来てからは一気に馴染み始めるんですよね。いつのまにか普通の子供のように、タンダお得意の山菜鍋にテンションあげてるチャグム。皇子でありながら、誰に対しても蔑むことなく、かといって物おじすることもなく真っ直ぐ接するところが好きです。バルサやタンダたちもまた、決してチャグムを子供扱いせずに、難しそうな話でもしめ出すことなく話してあげるところが良い。

タンダとその師匠のトロガイの調べで、チャグムに宿る精霊〈ニュンガ・ロ・イム〉の卵が孵るのは翌年の夏至で、そのときに卵を狙うラルンガというナユグの生きものから卵とチャグム自身を守ればチャグムは死なずにすむだろうということがわかります。それまでの秋冬をタンダの隠れ家で過ごすのですが、このときのバルサとタンダとチャグム、たまにトロガイが共に暮らす疑似家族のような生活は、素朴ながら満ち足りていて、読んでてすごく幸せだった。タンダも言ってたけど、ほんとにこのままずっとみんなで暮らせたらいいのに、と思った。一番驚きかつ萌えたのは、チャグムがタンダに「なぜバルサを娶らぬのじゃ?これほど仲がよいのに」と尋ねるシーン。だって、帝に妃が三人いて、どう考えても思うまま恋愛などできそうもない、宮という環境でさびしく育ったチャグムがですよ?男女は好き同士で結婚するものという観念があったことがまず意外だし、バルサとタンダの間に流れる好意を感じ取ることができて、それを率直に言葉にするところに萌えました。しかも、バルサとタンダ二人がいる場じゃなく、片方しかいないときに尋ねるという気遣いができてるあたり、なかなかこの子できるな、と。バルサから、山で生活するすべや、防御のための武術、庶民言葉など仕込まれ、宮にいたときより今の自分のほうがいいと思うチャグム。精霊の卵が孵った後も、この生活を続けたいと望むチャグムが切ない。

バルサがチャグムに自分の過去を語る場面も印象深かった。幼い頃、政治の陰謀に父親が巻き込まれて殺され、父親の親友であるジグロに連れられて逃亡生活を送っていたバルサ。自分は何も悪くないのに命を狙われ逃げなければならない状況に怒りをぶつけるチャグムはかつてのバルサと同じで、それを黙って見つめるバルサはかつてのジグロのようで。バルサはこれまで自分がジグロの人生を犠牲にして生きてきたと思い続けてきたのだけど、チャグムと出会ったことでかつてのジグロの気持ちがわかるんですね。他人の子供を守るために自分の命と人生を懸けるなんて、客観的に見れば損でしかないし、ばかげてると思われるかもしれない。でも、バルサはチャグムを守っているとき幸せを感じている。ジグロもただ不幸だったわけではないのだ、と。長年苦しんできても、こうやって後になって気づけることもあるんだなと、人と人のつながりや人生の不思議さを感じました。

なんだかんだあって、宮の一部の星読みや武人も協力し、卵をねらうラルンガから、ぎりぎりのところでチャグムと卵を守りきる。皇子として守られるのがこれまで当たり前だったチャグムが、命がけで自分を守る大人たちを目の当たりにし、決して当たり前のことではないということに気づくところ、好きだな。チャグムの素直な賢さがいとしい。

みんな怪我はしつつも無事でほっとしたのもつかの間、以前から病にかかっていた第一皇子が亡くなったという知らせがきて、チャグムは皇太子として宮に戻らなければならなくなる。ああ、この唐突な別れはめちゃくちゃ辛かった。皇太子になんかなりたくない、バルサとタンダとずっと旅していたいと、バルサに抱きついて泣くチャグム。宮に戻ってしまったら、おそらく二度とバルサたちには会えないし、今のような暮らしもできない。でも、そんな自分の願いを叶えるには、今ここでバルサが宮の人間たちと戦ってチャグムを連れて逃げるしかない。それを悟ったチャグムがそっとバルサから離れるとこ、せつない。このときのチャグムの台詞がまたよいのです。そして、最後の最後のチャグムとバルサたちのお別れの言葉がもう、もうね…(ぜひ読んでください)。

 

最後まで読んで私が思ったのは、せまい宮の世界だけでなく、庶民の暮らし、そして異世界であるナユグと、わずか11、12歳にして三つの異なる世界を知ることになったチャグムが、今後どういうふうに成長していくのか知りたい、ということでした。シリーズでどのくらいチャグムの活躍が書かれるのか、このときはまったく知らなかったので、ほんの少しでも成長したチャグムが見れたらいいなーと思ったのでした。